おじいちゃん

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俺がぶん殴ってやるよ

田舎の祖母が入院してるので実家に数日戻ってきた。祖母はあんまり長くないらしい。祖父母は九州に住んでて祖父は完全に頑固一徹の昔ながらの親父って感じ。男子厨房に入らずを徹底して、晩酌は日本酒(必ず熱燗)・ビール・ワインをその日の料理と気分で飲み分ける。当然、すべて祖母が準備。熱燗がちょっとでもぬるいと、口を一度つけたあと「ぬるい」と一言だけ言い、無言で祖母に温めなお
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俺の宝物

俺の祖父は医者だった。っていっても金はなく家はボロボロで食事なんか庭の野菜とお茶漬けと患者さんからの頂き物だけ。毎朝4時に起きて身寄りのいない体の不自由なお年寄りの家を診察時間になるまで何件も往診して回る。診察時間になると戻ってきて待合室に入りきらないで外まで並んでる患者さんを診察していく。昼休みはおにぎりを片手にまた往診。午後の診察をこなし食事をすませてまた往診。夜中に玄関口に患者
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父に会いたい

自分は父の顔を知らない。自分が2歳の頃、交通事故で死んだそうだ。母に「お父さんの名前、なんて―の?」とか「お父さんの写真、見して!」とか「お父さん、メガネかけてたの?」とか聞いても、黙って首を振るだけだった。父がいない分、母は毎日朝早くから遅くまで仕事をしていた。酷いときには、1週間母を見ない日だってあったのだ。そんな時、面倒を見てくれたのが祖父母。誕生日
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じいちゃんの笑顔

三年前じいちゃんが死んだ。認知症+なんかの病気。病名はおとんが教えてくれなかったし、聞くのが怖かった。じいちゃんの認知症は突然始まった。行動言動がおかしくなった。そこからは早かった。認知症は日に日にひどくなった。一人で何もできなくなっていた。夜の徘徊だってあった。赤ん坊みたいに世話されてた。そこには全く知らないじいちゃんがいた。そんなじいちゃんが怖かった。その日
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近くで観ていて

俺、中学の時ばーちゃん死んだんだけど、ばーちゃん、じーちゃんのことすごく愛してたんだろうな。じーちゃんが先に死んだせいか「早く死にたいじーちゃんのとこに早くいきたい」ってよく言ってた。俺ばーちゃんのこと大好きだったから毎日会いに行って「俺の結婚式でて嫁さんと曾孫みるまで死んだらダメ!」って言ってた。結局じーちゃん死んでから二年後にばーちゃんも死んだんだけど、葬式
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旅行に行こう

自分が高1の時に祖父が他界した。その5ヶ月くらい前に、家族に祖父と祖母も一緒に旅行に行こうって言われたんだけど、そのときの自分はただ面倒だと言う理由で行かなかった。それからしばらくして、祖父が入院したのだが、それ以前にも入退院を繰り返していたから、今回もまた退院するだろう、と思っていた。旅行はそのときに行けばいい。でも祖父は退院できなかった。最期を看取ったの
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一緒に生きたい

オレは、じいさんと仲が悪かった。だから、ガンで入院した時も見舞いに行こうなんてこれっぽっちも思わなかった。たまたま、友人がじいさんと同じ病院に入院した。オレは、友人の見舞いに行くついでにじいさんの顔ぐらい見ておこうと思った。これが最後になるだろうから、見納めにと。病室、カーテンで仕切られた向こう側ベットで寝てるじいさんがいた。ガリガリだった。あちこちチュ
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後悔するような生き方するなよ

俺、今年の4月に爺ちゃんを肺ガンで亡くしたんだけど…爺ちゃんがガンだってわかって入院する前、ケンカしてたんだよね…俺と爺ちゃん。調子が悪いってのは知ってたが、家族が色々世話してくれたもの、例えばご飯とか…そういうの全部拒否。「食欲無い、食べたくない」って。俺ちょっとだけ、頭にきちゃってな…爺ちゃんの辛さも知らずに。そして口論になって…間もなく爺ちゃんが入院して
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じっちゃんへ

じっちゃん。僕は今人生で一番幸せな時です。あれから二年後、僕は結婚してさ、仕事では重要な事を任せてもらえるようになったよ。ただ、じっちゃんには僕の結婚式見て欲しかったな…カラオケ、祝辞、あといろいろ。じっちゃんはなにやらせても面白いから。そうそうばぁちゃんの葬式のときも最後の挨拶ビシっときめないと行けないのに笑わさせてもらったよ。そんなじっちゃんがもういないんだ
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言葉にする勇気

今就職活動中で実家に帰れないんだけど、うちのじいちゃんが突然倒れて入院した。ばあちゃんは雪かきして転んで脚を骨折してそのまま病院暮らしだ。雪かきくらい手伝いたかったけど、家が離れていることもあって、祖母もこれくらいの雪なら大丈夫と思ったんだろう。もう5年も入院暮らししてる。俺の家は転勤族で、中学三年生までは祖母の町からはずっと離れて生活してた。小さい頃は分け隔