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最後の親孝行に

京都市伏見区桂川河川敷で2月1日、無職片桐康晴被告が、認知症の母親を殺害して無理心中を図ったとみられる事件の初公判が19日に行われた。事件内容は認知症の母親の介護で生活苦に陥り、母と相談の上で殺害したというもの。片桐被告は母を殺害した後、自分も自殺を図ったが発見され一命を取り留めたとの事。片桐被告は両親と3人暮らしだったが、95年に父が死亡。その頃から、母に認知症の症
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母さんの誕生日

社会人になって初めて迎えた母さんの誕生日。「いつもありがとう」ってプレゼントを渡したかった。でも照れくさいし、もし選んだプレゼントが気に入ってもらえないと怖かった。だから「選ぶのめんどいから」って嘘ついてデパートに連れて行って、「何でもいいから適当に買えよ」とぶっきらぼうに言うと、「高いエプロンだけどいい?」とおずおずと見せに来て、値札見たらたった3000円。「
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母さんの涙

泣ける話多いな・・・自分も、他人が読んだらなんとも思わないだろうけど、感謝の気持ちを込めて書かせてもらいます。うちは親父が仕事の続かない人でいつも貧乏。母さんは俺と兄貴のためにいっつも働いてた。ヤクルトの配達や近所の工場とか、土日もゆっくり休んでたっていう記憶は無いな・・・俺は中学・高校の頃はそんな自分の家庭が嫌でしょうがなかった。夜は遅くまで好き勝手遊んで、高校の頃は学校さぼって
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ハンバーグの味

俺の母さんは、生まれつき両腕が不自由だった。なので料理は基本的に父が作っていた。ただ、遠足などで弁当がいる時は、母さんが頑張って作ってくれていた。でも、小学校6年の時の遠足で、見た目が悪い母さんの弁当を見られるのが嫌で、とうとう「弁当はコンビニで買っていくから、この弁当はいらない!!」と言ってしまった。母さんはそんな馬鹿な俺に、ただ、うまく作れなくてごめんねとしか言わなかった。
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兄の声

我が家の仏壇には、他より一回り小さな位牌があった。両親に聞いた話では、生まれる前に流産してしまった俺の兄のものだという。両親はその子に名前(A)を付け、ことあるごとに「Aちゃんの分も○○(俺)は頑張らないと」などとその兄のことを持ち出してきて、それがウザかった。そして高校生のころ、典型的なDQNになった俺は、あまり学校にも行かず遊び歩いていた。ある日、母親の
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母親の匂い

先日、母の日に実家に帰ったとき、ジョイントを持って行った。兄に子供が生まれた関係で家は禁煙になっていて、俺の部屋も物置き状態。母親の隣で寝る事になったんだけど、何か気恥ずかしくて、母親が寝静まるまで、散歩したり、旧友と会ったりして過ごした。夜の2時にベランダで一服して、布団の中に入った瞬間母親の匂いがして、忘れてた記憶がどんどん蘇ってきた。引っ越す前の家で、
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強くなりたい

半年ほど前に、「強くなりたい」と自分から入部してきた子。はっきりいって運動神経もなく、体もひ弱です。あまりここに書くのもはばかられるのかもしれないんですが、めちゃくちゃ切ない過去を持つ子供なんです。なんでも、父親に虐待されて、母親と一緒に実家に逃げてきたとか。母親が殴られて泣かされるところを、何度も見てきたそうなんです。それで、「母親を守れるくらい強くなりたい
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プロ野球のチケット

幼い頃に父が亡くなり、母は再婚もせずに俺を育ててくれた。学もなく、技術もなかった母は、個人商店の手伝いみたいな仕事で生計を立てていた。それでも当時住んでいた土地は、まだ人情が残っていたので、何とか母子二人で質素に暮らしていけた。娯楽をする余裕なんてなく、日曜日は母の手作りの弁当を持って、近所の河原とかに遊びに行っていた。給料をもらった次の日曜日には、クリームパンとコーラを買ってくれた。
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姥捨て山

「姥捨て山」の話聞いたことありますか?年老いた親を、子どもが背負って山に捨てるというやつです。大昔、貧しさから本当にその風習があったそうです。そしてこんなことがありました。背負われている間、親は山の木の枝を折って落としましました。やせこけた腕を一生懸命のばして、一本一本、折り続けました。山奥に着き、自分を捨てて去っていく我が子に、親は言いました。「目印
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母ちゃんの弁当

自分もなんか中学1年生ぐらいに反抗期があって、ちょっとツッパってたりしたんだ。「親の作った弁当なんかダサくて食えるか、金よこせよ、コンビニで買うから!」みたいな事を母ちゃんに言ったことがあってさ、それから金貰って、昼休みに学校抜け出して買い食いするようになったんだ。大人になってから、オヤジから聞いたんだけど、母ちゃんその時、やっぱ俺にはわからんようにベソかいてオヤ