NO IMAGE 感動する話

俺、しあわせになりてえ

私たちは、元々親がおらず養護施設で育ちました。3つ上の兄は中学を出るとすぐに鳶の住み込みで見習いになってその給料はすべて貯金してました。そのお金で私は私立の高校、そしてさほど一流でもありませんが大学へも行けました。小さな会社ですが就職も決まり、兄への感謝を込めて温泉へ連れて行きました。ビールで上機嫌の兄に、「あんちゃんありがとう、あんちゃんも遊びたかっただろう?」
NO IMAGE 泣ける話

最高の車を造るからな

三人兄弟の末っ子だったオレ。オレが小学生だった時に兄貴が高3だった。車好きの兄貴は自動車会社に就職したくて大学に行きたかったみたいけど、頭は決してよく無かったので私立の大学にしかいける大学がなった。兄貴は親父に大学に行きたいと言ったが、親父は『家には金が無い。残りの兄弟もいるし、我慢してくれ。すまん。』と言った。影でその話を聞いていた俺は、それまで自分の家が貧乏だと思ってはなかったので
NO IMAGE 泣ける話

兄の声

我が家の仏壇には、他より一回り小さな位牌があった。両親に聞いた話では、生まれる前に流産してしまった俺の兄のものだという。両親はその子に名前(A)を付け、ことあるごとに「Aちゃんの分も○○(俺)は頑張らないと」などとその兄のことを持ち出してきて、それがウザかった。そして高校生のころ、典型的なDQNになった俺は、あまり学校にも行かず遊び歩いていた。ある日、母親の
NO IMAGE 泣ける話

兄のドラクエ3

私には、兄がいました。3つ年上の兄は、妹想いの優しい兄でした。ドラクエ3を兄と一緒にやってました。(見てました。)勇者が兄で、僧侶が私。遊び人はペットの猫の名前にしました。バランスの悪い3人パーティ。兄はとっても強かった。苦労しながらコツコツすすめた、ドラクエ3。おもしろかった。たしか、砂漠でピラミッドがあった場所だったと思います。とても、強かったので、大苦戦してました。
NO IMAGE 泣ける話

バカ兄貴

半年ちょい前の俺へそっちは午前4時だな。部活で疲れてぐっすりだと思うが、頑張って起きろ今から言う事をやってくれ。頼む、お前の為だから。しくじるなよ。音をたてないようにしろ、気づかれるから。まず、1階に降りて台所から包丁を持ってこい。そしてお前のバカ兄貴の部屋の前に行きドアを開けて部屋に駆け込み一撃でぶった切れ。バカ兄貴が首を吊ろうとしてる、その柔道の帯で作った輪っかをな。そ
NO IMAGE 感動する話

最強最高の兄ちゃん

両親は俺が中2の時、交通事故で死んだ。俺には4つ上の兄と5つ下の妹がいる。両親の死後、俺は母方の親戚に、妹は父方にひきとられて、兄は母方の祖父母と住んでいた。それから一年くらいたって、久しぶりに兄から電話があった。そん時、高校を卒業して就職が見つかったから、兄弟3人で暮らさないかという旨を言われた。俺はびっくりした。兄は俺とは違い昔から頭が良くて、当然1流の大学
NO IMAGE 感動する話

兄の運動会

俺の4才上の兄は障害者小児マヒで右足が不自由だだから俺が6才になるまで兄は養護施設にいた俺が幼稚園の年長の時兄は家に戻り普通に学校に通い始めた運動会の日母と応援に学校へ行った兄の学年の徒競走が始まったが兄は自分の席に座り参加しなかった当たり前の話なのだが幼い俺は兄が走らない理由がわからずなぜ走らないか母に聞いた笑っているだけで答えてくれなかった翌年兄と同じ小学