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チョコレート

小学校低学年でガンを患って以来、えらい病弱になった。元々体は弱かったけど、ここ数年は年を重ねていくごとに弱っていくような感じだった。冬なんて学校を休むのはいつもの事だった。ちょっとした事で熱を出したり、それが悪化して肺炎になったり。今年は入院もした。それくらい弱かった。ある冬の日、学校から帰ってきて夕飯を食べた後。ゴロゴロしていたらチョコレートが食べたくなったの
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親父の話

高校1年の夏休み、両親から「大事な話がある。」と居間に呼び出されたんだ。親父が癌で、もう手術では治りきらない状態であると。暑さとショックで、頭がボーっとしてて、変な汗が出たのを憶えている。当時、うちは商売をしていて、借金も沢山あった。親父が死んだら、高校に通えるわけがないことは明白だった。そして俺はお世辞にも優秀とはいえなかった。クラスでも下位5番には入ってしまう
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エフゼロ

スーファミの発売日にファミコンが大反対だった父が何故か買ってあげると言い出して父と一緒にデパートに買いにいった。デパートにはもう人がたくさん並んでいて、ピリピリとしたムードだった。開店と同時に雪崩れるように、「走らないで下さい!!!」と言う係員の声も聞かずダッシュ。みんななりふり構わずエスカレーターを猪突猛進。ハイヒールが片一方落ちていたり、わーわーキャーキャー酷か
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母の手紙

僕のお母さんは癌で死にました。今僕は中学1年ですが小さいころから母は何度も入院したりしていて、子供ながらになんでだろうと思っていました。小学5年生の時ぐらいから母はいつも帽子をかぶるようになっていきました。今思えばそれは辛く苦しい抗癌剤の副作用なのでした。母は旅行などでも笑顔を絶やさない人で、いつも笑っていました。そして小学5年生の春休み前、母は父と一緒に「行って
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家族写真

俺が小さい頃に撮った家族写真が一枚ある。見た目普通の写真なんだけど、実はその時父が難病(失念)を宣告されていて、「それほど持たないだろう」と言われ、入院前に「今生最後の写真はせめて家族と・・・」と撮った写真らしかった。俺と妹はまだそれを理解できずに無邪気に笑って写っているんだが、母と祖父、祖母は心なしか固いというか思い詰めた表情で写っている。当の父はというと、どっしり
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キャッチボール

私の父は、高校の時野球部の投手として甲子園を目指したそうですが、「地区大会の決勝で9回に逆転されあと一歩のところで甲子園に出ることができなかった」と、小さい頃良く聞かされていました。そんな父の影響もあってか、私は小さい頃から野球が大好きで、野球ばかりやっていました。父も良くキャッチボールをしてくれました。そして私は、小学5年から本格的に野球を始め、高校に入った私は迷
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似てきたかあ

私が小学2年の時に母が再婚した。私は瓜二つと言われるくらい実父に似ているので、義父としては色々複雑なところもあっただろうに、そんなことは微塵も感じさせない人だった。先日、一緒に買い物に出かけた時に店員さんに、お父様に目元が良く似てると言われた。よくあるお世辞とその場では軽く流したが、車の中で二人になると義父は、「見え透いたお世辞いっちゃって」と冗談ぽく笑っ
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付き合ってくれた仲間

ウチのオヤジも猫嫌いだったなー。近くへ寄って来るとしかめ面で追っ払ってた。オヤジは晩酌が日課だったんだが家族が食事が終わってもいつも一人で台所のテーブルで飲んで居た。ところがいつの間にか飼ってた猫がオヤジの足元でツマミの刺身を貰うようになっていた。猫が無言で足元に座るとオヤジもナイターを見ながら足元に刺身をちぎって落としてやる。猫もさも当たり前のようにむしゃむし
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今ならすごくよく分かります

先日、二十歳になった日の出来事です。「一日でいいからうちに帰って来い」東京に住む父にそういわれ、私は就職活動中なのにと思いながらしぶしぶ帰りました。実家に着いたのは夜で、祖父母と妹はもう既に寝静まっていました。父だけが起きていて、そのあとしばらく現状を話していたのですが、会話もとぎれ、さぁ寝ようという時、いきなり父は一枚の写真を私の前に差し出しました。それは、
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嘘付いててスマン

自分がまだ幼稚園児の頃だと思うのだが、夜中にふいに目が覚めると、父が覗き込んでいて、いきなり泣き出した。大人が泣くのを見るのは、記憶の限りその時が初めてで、しかも父はとにかく強くてかっこいい!と信じていたので、凄く吃驚して変に印象に残ってる。その後、何度か確認する機会があったが、父がいつも「夢でも見たんだろう」と言っていたので、何しろ幼児の頃の記憶だし、自分もそう思う