リンゴ

私は、2歳のとき父を亡くし、以来、私をひとりで育ててくれた母も私が中学二年生の時、突然の心臓病でなくなりました。
その日のことです。

近所のスーパーに勤めていた母ですが、学校から帰ると勤めを早退した母は床に臥していました。
「お母さん、どうしたの?」と聞くと
「心配しないでもいいよ、ちょっと風邪をこじらせただけだから」
とか細い声で答えました。

昨日からなにも食べてない様子だったので
「なにか買ってこようか」と聞くと

「おまえも今、期末試験中で大変なのに、いいの?」
「もしよかったらリンゴが食べたい」
「じゃあ、すぐ買ってくる」

リンゴを買って家に着いたとき、母はもう死んでいました。
枕元に、ほんのわずかな時間に、苦しみながら書いた母の言葉の走り書きがありました。

「哲、ひとりになってもお母さんお父さんはいつもおまえを守っているよ ありがとう」
とありました。

私は、それ以来リンゴを見ることもむろん食べることもできなくなりました。
あれから九度目の桜を見る季節がもうすぐやってきます。
私にとっての桜の季節は、ただリンゴをにぎりしめながら泣きつづけた日々の思い出なのです。

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泣ける話 感動する話 – 涙腺崩壊

コメント

  1. アイス より:

    すっごく泣いちゃいました・・・(泣
    つらいですね・・・。

  2. ドレミファソラシド より:

    泣いた。

    私の妹は中学2年生の時に、交通事故で死んだ。

    私のお父さんも、妹が死んだ時、葬式では上を向いて泣かないようにしてた。
    お母さんが声に出して号泣してた時だって、ずっと慰めて泣かなかった。
    みんなが泣いてる時も、一人だけ葬式の手伝いをして、普通に働いてた。
    普通にしゃべって、普通に笑って、普通に仕事に出かけて・・・

    私は、その時は、お父さんは妹の死を何とも思ってないんだなって、
    悲しくなんかないのかなって思ってた。
    だから、その時はお父さんのこと軽蔑してたんだ。

    お父さんとはよく喧嘩するようになった。
    「あんたが死ねばよかったのに!」「妹のことなんかなんとも思ってないくせに!」
    ひどいことばかり言っていた。

    ある日の夜、私は喉が乾いて台所にむかった。
    なぜか妹の部屋の明りがついていて、私は不思議に思ってのぞいてみたんだ。
    そしたら、お父さんが妹の仏壇の前で静かに泣いていた。
    時々しゃくりあげながら、声を押し殺すように泣いていた。

    私は見ていられなくなって、部屋に戻った。
    お父さんは誰よりも辛い思いをしていたんだ。
    自分が泣くと皆をもっと悲しませちゃうし、自分が家族をひっぱっていかなくちゃって、
    一生懸命に耐えて、平気なふりして・・・
    お父さんは、妹の死ををずっと一人でかかえ込んでたんだな・・・

    それから、お父さんにはふつうに接するようにした。
    今までごめんね。
    ひどい言葉ばかり浴びせちゃってごめんなさい。

    妹は天国でずっと、お父さんや私たち家族を見守ってるよ。

  3. 麒麟 より:

    泣けた

    いい話をありがとう!!

  4. ともよし より:

    哲さん、前向いて頑張れ‼
    これからも誰かの死には向き合わなきゃならないんだから。

  5. もやし より:

    もうめっちゃ泣けた

  6. めだか より:

    ありがとう。感動しました