たいせつなひと(1)
俺が小学3、4年で夏休みの話。今の今までマジで忘れてた。小学校の夏休みとか、遊びまくった覚えしかない。俺は近所の男子と、夏休み中開放されていた学校の校庭で午後1時から体力づくりの名のもと遊んでいた。※午前中は勉強しろ、と先生が言って、午前中は開放されてなかった。んで、大体、午後5時くらいになって解散して、帰りの50円のアイスを商店街の、とある店で買っていた。
馴染みのラーメン屋
昨日珍しく俺は母ちゃんを外食に誘った。行き先は昔からよく行く馴染みのラーメン屋だった。俺は味噌大盛り、母ちゃんは味噌並み盛りを頼んだ。「昔からここ美味しいのよね」って、柄にもなく顔にシワよせて笑ってたんだ。ラーメンが出来上がると、俺も母ちゃんも夢中で麺をすすってた。あんまりにも母ちゃんがニコニコしながら食べてるもんだから、俺もつられて笑っちまったよ。しばら
変わろう
少し昔話をしようか・・・俺が中2の時だったかな?当時はすごく荒れてた。厨二病ってこともあったとは思うんだが。窃盗、暴力… いろんなことをやってきた。部活は野球部。荒れていたけれど部活だけは一生懸命だった。でも顧問の先生はすごく怖かった。何度もやめそうになったよ。それでも俺は続けた。なにより野球が好きだったから。そんなある日、事件が起きた。俺は万引きで警
かわいい表紙の日記
当時私が小学生だったころ。本が大好きで、家にある、自分が読めそうな本を読み漁っていた。ある日、何気なく母の本棚を漁っていたら、かわいい表紙の日記を見つけた。どうやら私が小さかったころの成長記録らしい。母はこういう細かいことが好きで、よく日記とかつけていた。私は面白半分で日記を開いてみた。◎年☆月◇日今日、○○(私の名前)ちゃんが初めて寝返りをうった。うつぶ
じいちゃんの笑顔
三年前じいちゃんが死んだ。認知症+なんかの病気。病名はおとんが教えてくれなかったし、聞くのが怖かった。じいちゃんの認知症は突然始まった。行動言動がおかしくなった。そこからは早かった。認知症は日に日にひどくなった。一人で何もできなくなっていた。夜の徘徊だってあった。赤ん坊みたいに世話されてた。そこには全く知らないじいちゃんがいた。そんなじいちゃんが怖かった。その日
隠せない感情
前さ、研修医やってたときの話なんだけど主治医のサブみたいな形で、ある入院患者さんにつかせてもらってたんだ。患者さんは気さくなおじさんで、検診のたびに話し込んでた。お見舞いに来るのは大抵奥さん。毎日夕方に仕事終えて来てさ、洗濯物持って帰ったり、世間話とかしてた。奥さんもすごい良い人で、おじさんと同じくらい明るかった。そして、たまに息子もお見舞いに来てた。若くて
母さんごめんなさい
今日正社員の面接行ったのね。もうこれで11社目。今まで全部駄目だった。それで、その日は車で母も用事があったし、近くだったんで、母さんが運転するよ、と付き添ってくれた。駐車場の社内に母を待たて面接してもらった。出てきたのは社長と人事課長。社長が絵に書いたような悪人顔でさ。たばこふかしながら履歴書見て「何この転職回数?あんたもう36だろ?」「働いた経験が長いった
帰ってきてくれた
昨年の夏休みの話会ったこともない遠い親戚の葬式。親父が出席するはずだったんだけど、どうしてもいけなかったので俺が代わりに出席することになった。新幹線乗って田舎町へ。周りも見たことない人しかいないので、重い空気に沈鬱していた。葬式が終わり退出しようとしたとき、出口で見知らぬ婆さんに突然腕をつかまれた。けれども、つかんだきり何も話さず目を丸くしているだけ。かなりの
唯一の私の救い
私が小学生の時、野良猫が家になついて子猫を生んだ。メス一匹とオス三匹。内、オス二匹は病気やら事故やらで死んだ。生き残ったメスとオスはアンとトラって名前を付けた。私たちはメチャクチャ可愛がった。アンは女のくせにおてんばだった。いつも一緒の布団で寝ていた。ある日、親父がアンを勝手に避妊手術に出した。帰ってきたアンは・・・、手術の失敗で障害猫になっていた。歩くこと