大好きなあなた
大好きなあなたは、今も笑っているのでしょうか。小さいころなぜかおじいちゃんに引き取られた私(当時7歳)は、そこで三人の男の子に出会いました。9歳のすごい元気なLと12歳の大人っぽいけど天然なS、仏頂面なのに本当は優しいAでした。おじいちゃんがとてもいい人なので三人共親がいなく、おじいちゃんが私同様引き取った子達でした。それから私たちは本当の兄弟のように、家族のよう
人生最大の悔い
高校の頃とにかくバイトと遊びではしゃぎまくってた。無免で中型乗って馬鹿だからマッポに捕まったりしてお母さんに迷惑かけまくった。バイトもキャバクラと他に掛け持ちして学校も公立の普通科で超多忙で通学費だけは自分で払ってた。そんな中、高2~3までダイエットと忙しさで拒食症になった。すごいガリガリになって普通の生活が辛くて眠くてイライラがずっとあった。でもバイトも学校も
幸せで笑顔ある人生
5年前に母親が亡くなった母は俺が10歳の時離婚して兄と俺を引き取り朝~夕方までパート夕方から深夜まで飲み屋で働いていた。兄は私立の高校行ってて授業料もいっぱいいっぱいで、もちろん家にはほとんど食べるものも無かった。俺は給食で余った牛乳やパンなどを持って帰ってきてそれを夕ご飯にしていた。貧乏だったけどそれが普通と思っていたから別に苦にもならなかった。その後母親は俺
親父の話
高校1年の夏休み、両親から「大事な話がある。」と居間に呼び出されたんだ。親父が癌で、もう手術では治りきらない状態であると。暑さとショックで、頭がボーっとしてて、変な汗が出たのを憶えている。当時、うちは商売をしていて、借金も沢山あった。親父が死んだら、高校に通えるわけがないことは明白だった。そして俺はお世辞にも優秀とはいえなかった。クラスでも下位5番には入ってしまう
エフゼロ
スーファミの発売日にファミコンが大反対だった父が何故か買ってあげると言い出して父と一緒にデパートに買いにいった。デパートにはもう人がたくさん並んでいて、ピリピリとしたムードだった。開店と同時に雪崩れるように、「走らないで下さい!!!」と言う係員の声も聞かずダッシュ。みんななりふり構わずエスカレーターを猪突猛進。ハイヒールが片一方落ちていたり、わーわーキャーキャー酷か
おじいちゃんの絵
皆みたいにすげえ泣けるって話でもないけど、ちょっと今日気になるものが掃除してたら出てきたから初投稿だけど聞き流してください。幼稚園の時、祖父がなんとなく嫌いだった。だって怖いし、家が近くないからなかなか懐かなかった。で、その幼稚園で「おじいちゃん・おばあちゃんの似顔絵を描こう」ってのがあったのよ。その一年に一度の大イベント、一年目はおばあちゃんを描いた。だっておじいちゃんを描くのが癪だから
母親の字
今アメリカに留学してるんだけど親から「救援物資」とかいって荷物が届いたんだよ。好き勝手して留学してるんだし迷惑もかけたくないからそういうのいいからって言ってたんだけどなあって思いながら伝票を何気なくみたら、おれんちの住所に入ってる小文字の「r」が1カ所筆記体になってるんだよ。お、すげーじゃん、筆記体とかかけるんだ、あ、姉が代わりに書いたのか、それにしても字が母親の字だな
ばぁちゃんごめん
ばぁちゃんへばぁちゃん元気しとるー?こげんやって話すとはどんくらいぶりかねー?あ、俺?相変わらずなーんもしよらんよwwwごめんてwwwでも今頑張ってるからもうちょっとまっとってよwwwね?wwwえ?今更何の用かって?やだなーばぁちゃん俺が言わんでもわかるやろー?8年前からの事、謝りにきたとよ。いいからwwwwwちゃんと聞いてってwwwとりあえず聞
姉の一言
俺はほんとに馬鹿で、いくら頑張っても頭にものが入らない奴。おかげで見事に大学受験失敗したときに従兄の嫁さん、当時21歳と話す機会があったんだ。今ではほんとの姉のように思ってるから、姉とする。姉「大学失敗したんって?」俺「うん…」姉「もっかいチャレンジせんの?」俺「就職さがすつもり…」姉「将来したい事とか、なんかないん?」俺「農業継ぎたい、でも知識もないし、親