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じい

俺の近所に住んでた爺さんの話。一人暮らしだった爺さんは子供好きで、ちっちゃい頃の俺もよく遊んでもらってた。ある時、爺さんの家で見た暴れん坊将軍(だったと思う)の1シーンで老中と主役が「じい」「若」と呼び合うのを二人で真似して俺「じい!今日も遊びに来たぞ。」爺「若、よくぞいらっしゃいました。」なんて呼び合って遊んでいた。そんな関係は俺が他県の大学に進学するまで延々と続いていた。
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先生のお別れ会

小学生のとき、少し足し算、引き算の計算や、会話のテンポが少し遅いA君がいた。でも、絵が上手な子だった。彼は、よく空の絵を描いた。抜けるような色遣いには、子供心に驚嘆した。担任のN先生は算数の時間、解けないと分かっているのに答えをその子に聞く。冷や汗をかきながら、指を使って、ええと・ええと・と答えを出そうとする姿を周りの子供は笑う。N先生は答えが出るまで、しつこ
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メロンのカップ

小学校6年くらいの時の事親友と、先生の資料整理の手伝いをしていた時、親友が「アッ」と小さく叫んだのでそちらを見たら、名簿の私の名前の後ろに『養女』と書いてあった。その時まで実の両親だと思っていたので心底衝撃を受けた。帰り道、どんな顔で家に帰っていいか分からず、公園のブランコに座って立てなくなった私に、親友はずっと付き添っていてくれ、「よし、じゃあ私と姉妹の盃を交そう」と
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Saga2の話

Saga2は思い出のソフトなんだ……今でもよく思いだしては切なくなってます。俺さ、産まれた時から酷い小児喘息だったのよ。夜中にかーちゃん起こして病院連れてってもらうなんてしょっちゅうだったし、小学校あがって更に病状が悪くなって。もちろん体育なんかでれないし、みんなと外で遊ぶ事すらできなかった。んで、小五になってからほぼ毎日病院行って吸入するくらいまで悪化しちゃ
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お土産

卒アルみて、思い出したのでカキコ高校の修学旅行の話。親がいなくて、義親から虐待受けてる子がいた。バイトして自分で学費とか全部出してたらしいんだけど修学旅行の積み立てまで手が回らなくて、修学旅行には行けなかった。そしたら先生が数人の生徒を放課後に呼び出して、みんなでお金を出し合ってお土産買ってこようって提案した。修学旅行先でその子が好きそうなものとか沢山買った。足りない分は先生
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居てくれてありがとう

俺は小学校の時にいじめを受けた。なぜかって?俺だってわからない。『黒人!』『外国人』『死ね』それが学校での日常だった。でも、こんな俺にも友達はいた。決して多くはなかった。4~6人位だろう。その中には、転入してきた人が二人いた。いつもは、5人位で遊んでた。すごい楽しかったなぁ~。遊戯王などのカードゲームにはまってたなぁ。まぁ~こんな感じで小6までずっと一緒だった。だけど、
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プレゼント交換

私が小学校入るまえに父が他界し、母と姉妹3人で暮らしていた母パートで当時は母子の手当ても今よりあったことから貧しいながらなんとか暮らしていけてた。ある日子供会のクリスマス会でプレゼント交換のイベントがあり各子供500円までのプレゼントを持ち寄り、それを音楽に合わせて回して交換するってどこにでもあるような催しモノだったんだけど私の家は上記通り貧乏で、500円のプレゼントを3個は厳しかった
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初めての親友

泣けるかどうかわからんが・・・・・私の話。中学三年の夏。私に不登校でオタクな女の子の友達ができた。きっかけは些細なことだった。担任の先生から「運動会の練習するから呼びにいって!」と、何故か私に頼んだのだ。まともに話したこともないのに・・・と思ったが、文句を言わずに行った。おおげさかもしれないけど、本当にアレは運命だったのかもしれない。その子はびっくりするほど元
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キラキラシール

俺はガムラツイストを全部持ってる。状態も万全でコンプしてる。そんな俺のガムラコレクションだが、中に1枚だけ裏の台紙に「●●君(←俺の名前)へ あのとき本当にありがとう 元気でね」と書かれたシールがある。それはラーメンばあ7弾の「勇者の碑」。あれは小学校高学年の頃だった。暑い日だったので夏だったのだろう。俺を含む少年5人は全員、町の駄菓子屋でラーメンばあを買っ
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友達の大切さ

幼稚園の頃から、仲が良かった親友が居た。いつも、俺たちは4人で遊んでた。どんな時も、一緒に遊んでた。彼女についての相談をしたり馬鹿言ったり、喧嘩したり。でも、そんな事やりあってるうちに俺たちの絆は更に深まっていった。ある日、いつものメンバーで遊んでる時、ゆうき(仮名)の具合が悪そうだった。そいつは元気だけがとりえだったのに、その日だけは具合が悪かった。日がたつ