約束の指輪

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人からじゃないけど俺の実話
俺今年で25になるんだけど高校生の頃の話しちょっと長くなる

小さい頃から幼なじみの女がいるんだがそいつとは本当に仲がよかった
小学生の頃、親父の左手の薬指につけてた指輪が気になって、
親父に「なんでずっとつけてるの?」って聞いたんだ
そしたら「これはな、母ちゃんとの約束の指輪だよ」
「これをつけてれば離れてても一緒なんだよ」
って笑顔で言ったんだよ。

それで俺はその幼なじみと結婚したかったから
ずっと豚の貯金箱に貯めてた小遣いを(1000¥くらい)もって商店街の
アクセサリーショップみたいなところに行って
「一番いい指輪ください!」って店員に言ったのよ
そしたら店員のお姉さんが「お母さんにあげるの?」って聞かれたから
「お嫁さんの!」って言ったらお姉さんが「じゃあちょっと待っててね」
って指輪探し始めた。


で、お姉さんが綺麗にラッピングしてくれた指輪持ってきて
俺はありったけの小銭をお姉さんに渡した。
お姉さんは笑って「頑張って」って俺を見送ってくれた。
俺はその幼なじみに親父から聞いたことをそのまま言いながら
幼なじみに指輪を渡した。

幼なじみはびっくりしたような顔しながら頬にチューしてくれたんだよ。

それから時がたって幼なじみは小学校卒業と同時に親の都合で転校。
俺は地元の中学に行ったんだが
別れが寂しくてさよならって言えなかったのがずっと引っ掛かってた。

それから更に時が進んで、高校に入学。
高校には可愛い子がいっぱいいて
好きな子もできた。もう高校が楽しくて幼なじみのことはわすれてた。

でも高校2年の春休みに幼なじみの母ちゃんから電話が来て、
今幼なじみが入院してるって言うのよ。俺はなんか今更ながら心配で見舞いに行った。

見舞いに行くと、個室のベットで幼なじみが寝てる。
病院の配慮で窓から桜が見える部屋だった。
ベットで寝てる幼なじみはものすごく綺麗でなんかドキドキした。

で、なんの病気かわからなかったけど左手を握った。
そしたら薬指に違和感感じて
見たら俺があげた指輪がついてた。
なんでかわからないけど涙が止まらなかった。
幼なじみは起きて、俺の泣き顔を笑顔で見てた。
極めつけは笑顔で
「指輪つけてたからずっと一緒だったよ?」
って言うのよ

もう涙が止まらなくて、ずっと病室で頭撫でてもらいながら泣いた。

幼なじみの母ちゃんが言うにはずっと指輪はずさずにつけてたらしい。
バカだよなぁ、血止まっちゃうよ


だから今度新しい婚約指輪買いに行ってくるノシ

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『約束の指輪』へのコメント

  1. 名前:k 投稿日:2012/09/26(水) 02:05:36 ID:a8999a92a 返信

    感動しました(T ^ T)
    お幸せに♪♪

    • 名前: 投稿日:2012/11/10(土) 19:12:01 ID:bb3f84c52 返信

      赤い糸 運命の存在に感動

  2. 名前:A 投稿日:2012/12/29(土) 00:39:40 ID:c5ea3a59e 返信

    暖かい話ですね♪
    感動しました(T^T)

  3. 名前:ゆりちゃま 投稿日:2013/02/16(土) 21:32:21 ID:b809be7dd 返信

    その彼女さんと約束したんだ、、、
    ずっと一緒にいようって、、、
    いいな
    うちの元カレはもお、、、いないから
    もお、、、二度と、会えないから
    事故で、、、、、、
    知らない世界へ行っちゃったんだ
    誰にもわからない
    誰も知らない世界へ
    会いたいよ
    ゆーき、、、

  4. 名前:匿名 投稿日:2013/03/26(火) 16:02:29 ID:ffcc8a399 返信

    別に感動あんましなくね?

  5. 名前:カリン 投稿日:2013/04/12(金) 22:28:21 ID:b500b2ac0 返信

    彼女さんも、投稿者さんの事を
    ずっと思っていたんですね。
    いい話です。心がぽかぽかするって
    いうのかな。ふたり仲良く、
    お幸せに。運命の相手は、生まれる前から決まっているんだって、よく
    お母さんがいってたけど、私は
    そんなんじゃなくって、
    『一期一会』なんだと思う。
    ふたりが出会えてよかったね。
    ここで私があなたにコメントを
    書いているのも、『一期一会』
    なんだよ。

  6. 名前:あかりん 投稿日:2013/06/09(日) 15:29:23 ID:441ab90e0 返信

    やばい、泣いた。
    こーゆう人に出会えるように
    がんばろ、

  7. 名前:K 投稿日:2013/06/27(木) 18:04:57 ID:8ca472ead 返信

    かんどーです。

  8. 名前:外波 投稿日:2013/07/05(金) 18:52:52 ID:77fd3a1e8 返信

    心が暖まりました
    人って素晴らしいですね
    私もそんな一途で優しい人になりたいです

  9. 名前:葛川明志 投稿日:2013/07/22(月) 14:27:28 ID:6432c134c 返信

    素敵な内容で、大好きです

  10. 名前:バーバリーポロシャツ 投稿日:2013/10/23(水) 03:57:56 ID:fd264c73c 返信

    バーバリーブラックレーベル バック

  11. 名前:空うさぎ 投稿日:2014/01/30(木) 21:47:36 ID:bd1f4d20a 返信

    私には外国に兄と弟がいて、日本にお父さんとお母さん。そして、もう一人の兄がいた。
    私と兄は父からの虐待を受けていました。
    1歳半になって私と兄を児童養護施設に14年間入れさせました。私は同じ施設の子にも施設の先生にもいじめを受けて、毎日おびえていました。誰かが助けてくれるって願ってた。
    誰かがきっと助けてくれるって。
    でも、皆見てみぬ振りだった。誰も助けてくれない。私は誰かの話を聞いていなきゃいけない。叩かれたり、殴られたりしてしまうから。
    中学になって、それが耐え切れなくなった。
    私を虐待して施設に送りつけた父とお母さんを許せなかった。
    でも、家族に会っていなかったから顔も分からなかった。だから、私の家族のことについてできる限り調べた。そしたら、私が幼い頃の写真を見つけた。
    でも、そこにはお母さんが移っていなかった。
    ただ私を睨むお父さんと、手を繋いだ兄と私が映った写真だった。
    私はどうしてもお母さんのことを知りたくなった。
    そしたら、どうして私と兄を施設に入れた理由と会いに来ない理由を知れると思ったから。
    中学2年の頃、お父さんが会いに来た。ふてくされた顔で。
    (これが私のお父さん・・・)初めて会った気がした。それは13年ぶり似合ったから当たり前だろう。
    私は聞きたいことがたくさんあった。
    すると父が「ただお前らが嫌いだった。お前の母親もお前らのことが嫌いらしい。」そう言った。そんなことくらい分かってる。でも、どうして嫌いなんだろう。どうして母は来ないんだろう。全て聞いた。
    そしたら、「お前らが生まれてきたせいで、仕事は続かないし、疲れるんだよ。それでなあ、お前らのおっかあ…お前らを育てられなくてお前らのおっかあがお前らを施設に送ったんだよ!」
    そっか・・・私たちが生まれたからなんだ。だからなんだ・・・。結局は私の見方でいてくれる人は兄しかいなかった。中学3年になって、兄と施設を出た。
    新しい毎日が本当に楽しくて、仕方なかった。
    父や母のことなんて忘れてた。
    中学3年の冬。
    私は自分のポストに何か入っているのが分かった。
    前いた施設からの手紙だった。中には母からの手紙・・・。下手くそな日本語でこう書いてあった。

    「愛する子供たちへ  お元気ですか?私は今○○病院で入院しているところです。あなたたちを施設に送りつけてごめんなさい。私はあなた達と同じく、あなた達の父からの暴力を受けていました。あなた達を救いたかった。離婚用紙も破られて何もできなかった。だから、施設に入れることになってしまいました。守りたかっただけなの。ごめんなさい。」
    そう書いてあった。私は、母を見たかった。信じてみたかった。家族を知りたかった。家族愛をもらいたかった。一緒にご飯を食べたかった。笑って冗談を言い合いたかった。皆で泣き合いたかった。そんなしょうもない夢があった。
    私は○○病院へ兄と一緒に行った。私の好きなカスミソウを持って病室へ入った。
    私のお母さんは脳腫瘍で、それも酷いものだった。
    余命まで宣告されていた。ショックで仕方なかった。
    お母さんの顔は優しそうな顔で、穏やかで、綺麗だった。
    日当たりも良くて気持ちのいい部屋だった。
    そんな印象を持ったまま、お母さんの看病が始まった。
    毎日毎日病室に行って弱っていくお母さんの姿に話しかけた。
    9月24日・・・私の誕生日。
    いつものように病室へ行こうとしていたら、兄から電話があった。
    気がついた時にはもう余命の1年を過ぎていたんだ・・・。
    その電話の内容は、「お母さんが亡くなった。」そう言った。
    私は急いで病院へ向かった。私の好きなあの花を持って。
    お母さんの病室の部屋には大勢の看護婦さんと、ラッピングのしてある小さな箱が目に付いた。(そっか・・・私の誕生日だったけ)箱を開けると、母と兄と父と生まれたばかりの私が笑った唯一の写真だった。写真の裏に、「愛してる。ずっと一緒だよ!」って。私は涙が止まらなかった。必死に叫んだ。「お母さんごめんなさい!私、手紙もらうまでお母さんのこと恨んでた!知らなかったの!お母さんがこんな風に思ってたなんて」本当にごめんなさい。でもね、今はお母さんが大好きだよ。
    一緒にご飯は食べに行けなかったけど、その他の願いは気づけば全部叶っていた。
    兄も同じ気持ちだったんだと思う。帰りは、二人で手を繋いで、たくさん話した。その内容の中で、私の願いと同じように、兄にも願いがあった。
    私の誕生日。それは辛く悲しいものだったけど、どこか家族の温かさを感じた。
    リビングに飾った唯一の家族写真。今でも大切に飾ってある家族写真。お母さんの笑顔は本当に愛を感じる笑顔だった。
    お母さん。私もずっとずっと愛しています。
    ごめんねお母さん。それと、ありがとう。

  12. 名前:神無月 投稿日:2014/06/30(月) 22:18:15 ID:4f62bd02d 返信

    まじ泣けたわ

  13. 名前:匿名 投稿日:2014/08/24(日) 19:28:32 ID:bc6d2db17 返信

    かんどう

  14. 名前:みーこ 投稿日:2014/08/26(火) 00:34:06 ID:2cec43bbe 返信

    こういう人になりたいですね
    今の彼とこれからも幸せに過ごしたいです

  15. 名前:りりー 投稿日:2014/12/07(日) 01:19:26 ID:1d0a313c0 返信

    素晴らしい!縁って本当に凄いよね(о´∀`о)お幸せにね☆☆

  16. 名前:yozakura 投稿日:2014/12/20(土) 19:28:21 ID:31f485c90 返信

    その幼馴染に会えて本当に良かったですねぇ・・・
    かんどー。゚(゚´Д`゚)゚。
    これから、彼女さんのこと幸せにしてあげてくださいね!

  17. 名前:suzu 投稿日:2016/09/16(金) 01:32:39 ID:0c5cc1e91 返信

    はじめまして!いい記事ですね♪

    私もYOUTUBEで「泣ける!感動の実話ちゃんねる。。。」というチャンネルを運営してます。
    https://www.youtube.com/channel/UCV9GAU69rRkSa--HelVvgCw

    コンセプトが近いので、よかったら私の動画も使ってください♪
    動画は掲載自由です
    使用の際に高評価とコメントをいただけると嬉しいです!

    どうぞよろしくお願いいたします。

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