2013-01

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家族写真

俺が小さい頃に撮った家族写真が一枚ある。見た目普通の写真なんだけど、実はその時父が難病(失念)を宣告されていて、「それほど持たないだろう」と言われ、入院前に「今生最後の写真はせめて家族と・・・」と撮った写真らしかった。俺と妹はまだそれを理解できずに無邪気に笑って写っているんだが、母と祖父、祖母は心なしか固いというか思い詰めた表情で写っている。当の父はというと、どっしり
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キャッチボール

私の父は、高校の時野球部の投手として甲子園を目指したそうですが、「地区大会の決勝で9回に逆転されあと一歩のところで甲子園に出ることができなかった」と、小さい頃良く聞かされていました。そんな父の影響もあってか、私は小さい頃から野球が大好きで、野球ばかりやっていました。父も良くキャッチボールをしてくれました。そして私は、小学5年から本格的に野球を始め、高校に入った私は迷
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似てきたかあ

私が小学2年の時に母が再婚した。私は瓜二つと言われるくらい実父に似ているので、義父としては色々複雑なところもあっただろうに、そんなことは微塵も感じさせない人だった。先日、一緒に買い物に出かけた時に店員さんに、お父様に目元が良く似てると言われた。よくあるお世辞とその場では軽く流したが、車の中で二人になると義父は、「見え透いたお世辞いっちゃって」と冗談ぽく笑っ
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付き合ってくれた仲間

ウチのオヤジも猫嫌いだったなー。近くへ寄って来るとしかめ面で追っ払ってた。オヤジは晩酌が日課だったんだが家族が食事が終わってもいつも一人で台所のテーブルで飲んで居た。ところがいつの間にか飼ってた猫がオヤジの足元でツマミの刺身を貰うようになっていた。猫が無言で足元に座るとオヤジもナイターを見ながら足元に刺身をちぎって落としてやる。猫もさも当たり前のようにむしゃむし
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こんなことで泣いた

最近こんなことで泣いたw俺には結婚して6年経つ妻がいるのよ。子供も5歳の双子が居る。子供産まれてからは2人で話す事も少なくなったし、とりあえず俺は仕事で精一杯で構ってる余裕無かったんだ。で、平日で偶然仕事休みで家に居たのよ。子供は保育園でいないし2人きり。最近めっきり話す事無くなったし俺は話しかけずらくてずっと沈黙の空間だったんだ。そしたら妻の方から(仕事忙
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今ならすごくよく分かります

先日、二十歳になった日の出来事です。「一日でいいからうちに帰って来い」東京に住む父にそういわれ、私は就職活動中なのにと思いながらしぶしぶ帰りました。実家に着いたのは夜で、祖父母と妹はもう既に寝静まっていました。父だけが起きていて、そのあとしばらく現状を話していたのですが、会話もとぎれ、さぁ寝ようという時、いきなり父は一枚の写真を私の前に差し出しました。それは、
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姉ちゃん、絶対に絶対に幸せになれよ

姉ちゃんの結婚が決まった夜おふくろが死んでも涙こぼさなかった親父が仏壇の前で号泣してたんだぜ?弁護士になるのが夢で、猛勉強して進学校に入ったのに卒業して就職しちまったよな俺と弟達の学費出してくれていたんだろ?いつもとぼけるけどさー美人なのに彼氏も作らず、お洒落もせず足の不自由な親父と俺達弟3人の面倒見てくれたよないつも、どんな時も笑顔で、おふくろの代わり
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反抗期

どこにかいたらいいかわからんからちょっと書かせてくれ昨日4時22分に母が亡くなった風邪一つ引かない元気な母だった。僕が幼稚園に入るころもう父はいなかった。借金作って逃げたらしい。朝は4時に起きて俺らの弁当作って6時から17時まで弁当屋でパート。帰ってきたら晩飯作ってすぐに出て行って11時までパチンコ屋で掃除のバイト。休むのは月に3回あればいいほう。そうやって
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息子の誕生日

今日は息子の二十歳の誕生日でした。息子と私たち夫婦に血の繋がりはありません。生まれてすぐ施設に預けられた息子を私たちで引き取り育てました。しかし、そのことを言うことができずにに今日まで過ごしてきました。私たちが産みの親ではないと知った時、息子はどんな思いをするだろうか。どんな目で私たちを見るようになるだろうか。それが怖くて今日まで言うことができませんでした。散
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頼ってくれていいんだよ

俺は高校にはいってすぐ父親を亡くした。俺は一人っ子で母と二人の生活になった。母は俺を養うために毎日働いていた。俺もそんな母の姿をみていて、勉強を本気になってがんばっていた。あまり人と話すことが得意ではなかった俺は休み時間も一人で勉強するような人間であった。おかげで成績の面ではトップになることもしばしばあった。そんな中で俺はイジメにあうようになってしまったのだ。