2012-01

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主人の左目

主人は3年前に左目を失明した義眼を入れているので、見た目は言われなければわからないその失明した原因は当時1歳7ヶ月だった息子とじゃれあって遊んでいた時おもちゃの先端が主人の左目に運悪く刺さってしまったからだ事故当時、主人より息子の方が泣き叫んでいたように感じる子供心にただ事ではないことを感じていたんだろう傷の具合が良くなくなってから主人は、自分の運転中に何かあ
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こんなにきれいに生まれてきたのに

昔24時間営業のスーパーで働いてた。この時期はただえさえ寒いうえに店内冷房ですごく寒かったな。それはさておき、その年は柿がすごくおいしかったんですよ。で、うちもたくさんカキを置いたわけ。入口の近くにね。働いた経験ある人なら分かると思うが、斜めの棚に陳列してある果物は、よくお客さんに落とされちゃうことがある。もちろん拾って棚に戻すんだけど、すぐ痛んできてしまって、誰
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どうして・・・

恋話なるが聞いてくれ泣ける話かも分からんが卒業式が終わったいや終わったというか抜け出した呆れた、ウザかった、アホらしかったやっと開放されたと思った俺はこの中学の野球部を東海大会まで導いてやったでも、誰も認めてくれなかった無失点で投げ続けて降板、そのあと下級生が打ち込まれて俺の夏終わりだぞしかも俺が戦犯になってるバカばっかだwwwおかげで私立の推薦もパ
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たいせつなひと(2)

(1)の続き次の日、チホ姉ちゃんの姿はなかった。「俺が母さんにチクったから…?」と、心配になって、アイスも買わず、さっさと家に帰った。当然、母さんは帰ってきてないので、病院に電話をかけてみた。「今日、チホ姉ちゃ
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たいせつなひと(1)

俺が小学3、4年で夏休みの話。今の今までマジで忘れてた。小学校の夏休みとか、遊びまくった覚えしかない。俺は近所の男子と、夏休み中開放されていた学校の校庭で午後1時から体力づくりの名のもと遊んでいた。※午前中は勉強しろ、と先生が言って、午前中は開放されてなかった。んで、大体、午後5時くらいになって解散して、帰りの50円のアイスを商店街の、とある店で買っていた。
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馴染みのラーメン屋

昨日珍しく俺は母ちゃんを外食に誘った。行き先は昔からよく行く馴染みのラーメン屋だった。俺は味噌大盛り、母ちゃんは味噌並み盛りを頼んだ。「昔からここ美味しいのよね」って、柄にもなく顔にシワよせて笑ってたんだ。ラーメンが出来上がると、俺も母ちゃんも夢中で麺をすすってた。あんまりにも母ちゃんがニコニコしながら食べてるもんだから、俺もつられて笑っちまったよ。しばら
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変わろう

少し昔話をしようか・・・俺が中2の時だったかな?当時はすごく荒れてた。厨二病ってこともあったとは思うんだが。窃盗、暴力… いろんなことをやってきた。部活は野球部。荒れていたけれど部活だけは一生懸命だった。でも顧問の先生はすごく怖かった。何度もやめそうになったよ。それでも俺は続けた。なにより野球が好きだったから。そんなある日、事件が起きた。俺は万引きで警
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かわいい表紙の日記

当時私が小学生だったころ。本が大好きで、家にある、自分が読めそうな本を読み漁っていた。ある日、何気なく母の本棚を漁っていたら、かわいい表紙の日記を見つけた。どうやら私が小さかったころの成長記録らしい。母はこういう細かいことが好きで、よく日記とかつけていた。私は面白半分で日記を開いてみた。◎年☆月◇日今日、○○(私の名前)ちゃんが初めて寝返りをうった。うつぶ
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じいちゃんの笑顔

三年前じいちゃんが死んだ。認知症+なんかの病気。病名はおとんが教えてくれなかったし、聞くのが怖かった。じいちゃんの認知症は突然始まった。行動言動がおかしくなった。そこからは早かった。認知症は日に日にひどくなった。一人で何もできなくなっていた。夜の徘徊だってあった。赤ん坊みたいに世話されてた。そこには全く知らないじいちゃんがいた。そんなじいちゃんが怖かった。その日
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隠せない感情

前さ、研修医やってたときの話なんだけど主治医のサブみたいな形で、ある入院患者さんにつかせてもらってたんだ。患者さんは気さくなおじさんで、検診のたびに話し込んでた。お見舞いに来るのは大抵奥さん。毎日夕方に仕事終えて来てさ、洗濯物持って帰ったり、世間話とかしてた。奥さんもすごい良い人で、おじさんと同じくらい明るかった。そして、たまに息子もお見舞いに来てた。若くて