泣ける話

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消防士の親父

オレの親父は、消防士だった。いつなにがあってもおかしくない仕事だから、よく母に「オレに何かあっても、お前らが苦労しないようにはしてる」ってそう言っていたのを覚えている。親父はとてもあつい人間で、「情熱」って言葉が大好きだった。口数の少ない親父が、久しぶりにオレたち息子に口を開いたかと思うと、「情熱だけは持ち続けろ」って「何かに本気になってみろ」ってそればっかりだ
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幸せ者

アナタが死んでから2週間経つね。まだみんなチロちゃんが死んだコト受け止めてないみたい。床にご飯が落ちたらアナタは一目散に食べに来てたね。だからかな、まだみんなご飯が落ちるとチロって名前呼ぶんだよ。それであっいなかったねって笑うの。2週間前のあの日、私は友達と遊んでた。そしたら、チロちゃんが死んだってメェルが来た。私は笑ってみんなにチロちゃんが死んだコトを告げた
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死なないで…

父親が死んでしまったのが中学三年生の時で…それから母親は一人で生計をたてていました。四人姉弟の真ん中三番目の僕は男一人だった事もありかなり手を妬かせていたと思います。高校生になってバイトをしても家計を助けるわけでもなく…自分のためだけにつかっていました…。兄弟がそうだったから違和感がなかったといえばそうなのかも知れないけれど 一人で五人家族を養える訳がなかったのです
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一緒にお弁当を食べてね

海の学習という名前で学年全体で泊りがけでの研修のあった5年生。雨女の私が出かけると必ず雨。今までの遠足も雨が多かったからそんなにがっかりすることもだんだんなくなってた。ただ海の学習だから海でボートに乗ったりできるのが楽しみだったのに。本当なら外のお日様の下で食べられるはずだったお弁当。かわいそうに。せっかくお母さんが作ってくれてみんなで外で気持ちよく楽しくワイワイ
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継母

私には、お母さんが二人いた。一人は、私に生きるチャンスを与えてくれた。もう一人は……私の17歳の誕生日に母が継母であったことを聞かされた。私を生んでくれたお母さんは、産後すぐに亡くなったそうだ。生みの親より育ての親…なんていうが、そのときの私は今まで騙されてきたという怒りと、馴れ親しんだ母が急に他人に思え、両親の話もきかず部屋でふてくされて泣いていた。翌日から
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かおちゃん

俺はいつも同僚のかおちゃんに言っていたんだ俺はかおちゃんのことが好きだそれだけで幸せかおちゃんが俺のこと好きにならなくても幸せなんだかおちゃんはテレやだから感情をストレートに出さなかったし遊びに誘ってもてれて断ってただから俺はかおちゃんからすかれていないと思っていたんだそんなかおちゃんは最近新潟の地震にあってなくなったかおちゃんの部屋からは日記が発見さ
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ミルクのど飴

数年前に亡くなった私の祖父は、とても無口な人でした。よく口を「へ」の字にして、腕を組んで座っていたせいか、親戚の子供たちからは「怖いおじちゃん」と呼ばれ、「おじちゃんがいるなら遊びに行かない」とまで言われてました。母親もその姉妹も、実の父なのに抱っこしてもらったり、あやして遊んでもらった記憶があまり無いと言っていました。私は祖父のことを嫌いではなかったけど、遊んでくれ
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彼の手料理

今年の5月まで付き合っていた彼の話。料理がすきで、調理場でバイトしていた。付き合い始めのころに私が作った味噌汁に、溶け残りの味噌が固まって入ってたことがあった。飲み終えてから気づいて、恥ずかしさからどうして早く言わないの?!と怒った私に「好きな人が作ってくれたものはみんな美味しいんだよ」って言ってくれた。彼はよくおいしい料理を作ってくれた。私よりかなり上手。私
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最後の親孝行に

京都市伏見区桂川河川敷で2月1日、無職片桐康晴被告が、認知症の母親を殺害して無理心中を図ったとみられる事件の初公判が19日に行われた。事件内容は認知症の母親の介護で生活苦に陥り、母と相談の上で殺害したというもの。片桐被告は母を殺害した後、自分も自殺を図ったが発見され一命を取り留めたとの事。片桐被告は両親と3人暮らしだったが、95年に父が死亡。その頃から、母に認知症の症
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彼女の遺言

長くなるけどネタの様なホントの話。大学時代の同級生仲間で、1年の時から付き合ってるカップルがいました。 仲良しで、でも二人だけの世界を作ってるわけじゃなく、みんなと仲良くしてました。 私は女の方の一番の友達だったんだけど、彼氏とも仲良くしてたわけです。 大学を卒業しても交流があったし、何度か会った時も二人は一緒で、 本当に仲良しだなァって思ってたわけです。最後に3人で会った時、 「