感動する話

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ロクな大人

私の婦人科系の出費がかさんでいて、我が家はあまり裕福じゃない。だから息子には申し訳ないんだけれど、おもちゃなんかはお誕生日とクリスマスの年二回しか買ってあげてないんだ。息子が6歳の誕生日に「欲しいものは?何でも買ってあげるよ。」って夫婦できいたとき、息子が言ったのは「妹か弟が欲しい」だった。「ボクはこの先一生おもちゃ買って貰えんでええけん、弟妹が欲しい。」ごめんね
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チーズケーキ

私が財布から紙幣を出していると、表のガラスドアが開いて、五、六歳くらいの女の子が入ってきた。顔を赤くし、必死の面持ちで、「あのう、すいません」と言った。私の相手をしていた女性がはい、と言って女の子の方に向き直ると、彼女は、「あのう、チーズケーキはひとつ何円でしょうか」と丁寧な口調で尋ねた。店員は女の子の必死の気配がおかしかったのか、「四百三十円です」と笑いながら応えた。
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ドーベルマンのロッキー

普段俺のことをバカにしまくってるドーベルマンのロッキーしかし小学生のとき、ロッキーは俺を助けてくれた当時お袋の実家に帰省していたとき、近所のデカい川にロッキーと一緒に遊びにいったんだが、川の石を渡って真ん中までたどり着いたとき、足元のコケに滑らせて転落してしまった落ちた場所はギリギリ足が着く深さだったんだが、流されるうちに深い場所にいってしまい、パニくった俺は
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大きくなったら

我家は母子家庭。もちろん裕福ではないけど、つつましく暮らせば生活に困るような事もないような家庭のつもりだったのですが。ある日、元々指輪など装飾品にそれほど興味のなかった私が珍しく超々安物の指輪を気に入って購入した夜。私「ねえ、これかわいいでしょ〜?」(本当に気に入ってたから)小4の息子「買ったの?」私「うん、どう?」息子「高かった?」私「まっさかーー、5
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星の形のにんじん

俺の母親は、俺が2歳の時にがんで死んだそうだ。まだ物心つく前のことだから、当時はあまり寂しいなんていう感情もあまりわかなかった。この手の話でよくあるような、「母親がいない事を理由にいじめられる」なんて事も全然なくて、良い友達に恵まれて、それなりに充実した少年時代だったと思う。こんな風に片親なのに人並み以上に楽しく毎日を送れていたのは、やはり他ならぬ父の頑張りがあったからだと今も思う。
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嫁の手

うちの娘3才は難聴。ほとんど聞こえない。その事実を知らされたときは嫁と泣いた。何度も泣いた。難聴と知らされた日から娘が今までとは違う生き物に見えた。嫁は自分を責めて、俺も自分を責めて、まわりの健康な赤ん坊を産むことができた友人を妬んだ。ドン底だった。バカみたいにプライドが高かった俺はまわりの奴等に娘が難聴って知られるのが嫌だった。何もかもが嫌になった。嫁と娘
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すごろく

オレは小さい頃、家の事情でばあちゃんに預けられていた。当初、見知らぬ土地に来て間もなく当然友達もいない。いつしかオレはノートに、自分が考えたすごろくを書くのに夢中になっていた。それをばあちゃんに見せては「ここでモンスターが出るんだよ」「ここに止まったら三回休み〜」ばあちゃんはニコニコしながら、「ほうそうかい、そいつはすごいねぇ」と相づちを打ってくれる。それが何故かすごく嬉しくて、何
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幸せな食卓

ずっと1人で生きてきた俺。こんな俺に子育てなんてできるのか?父親らしいことが出来るのか?嫁を悲しませるんじゃないか?不安で不安で」たまらなかった・・・。しかし結婚して子供ができて、ホカホカした食卓にみんな笑顔で並んでたりして、ときどき泣きそうなくらいの幸せを噛み締める。「荒みじんの玉葱が入ったでっかいハンバーグ」とか、「大皿いっぱいの散らし寿司」とか、カミサンと子供
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生まれたときから

初めてのあかちゃんに無我夢中だった。ろくに眠らず、夜鳴きもひどかった娘。へとへとに疲れはてて、抱っこでゆすりながら「あんたはママを苦しめたいの?ほんとにひどい子だ」と悪態をついた日々。赤ん坊の気持ちなんて、全然わからない。母親の自信なんて、みじんもない。ただ、もがくだけの日々。あれから数年たって、娘は五歳になった。「あのね、ママ」(もじもじ)「なぁ
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保護しているメール

俺は今高3なんだけど、10月26日に父親が死んだ。凄く尊敬できる素晴らしい父親だった。だから死んだ時は母親も妹も泣きじゃくってた。それから2ヶ月くらいたった最近は、まだ元の生活には戻れてないけど多少はみんな落ち着いてきてた。そして今日、俺はなんとなく父親が母親にどんなメールを送っていたのかと思って、少し悪いと思いつつも、タンスの引き出しにしまってあった、今年の8月ま